松林図
国宝、<松林図>は、桃山時代の画家、長谷川等伯の名作である。中国、宋時代の水墨画を移入して以来三百年、ここに到ってようやく日本独自の画境が誕生したのだ。その墨の濃淡のみによる表現の深化は、私が研究を続けて来たモノクローム写真とあい通じるものがあると思われた。私はこの等伯の松林図を換骨奪胎して、水墨写真として置き換えてみることを思い立った。日本文化の伝統の中では、先人の偉業をコピーすることは本歌取りと呼ばれて、非難されるどころか賞賛されるべき行為なのだ。デュシャンのレディーメイドは日本では古代からの伝統だ。
私は松の名所と呼ばれる景色を訪ねて、日本全国を巡った。美保の松原、松島、天の橋立て。すべて近代化の波に洗われて絶滅寸前の状態だった。そして私が最期にたどり着いた場所は、パースペクティブ日本の消点「皇居」だった。そこには管理された自然、人工美の極致、期待される松像、があった。私は媚びるようにして腰をひねる松一本一本を精査したうえで、想像上の六曲一双、十二面の絵に組み立て直すことにした。この絵は写真なのだが、写された場所を探しにいっても無駄だ。そんな場所はどこにもない、すべては絵空事なのだ。
- 杉本博司