恐怖の館
古代人にとっての「死」は、必ずしも現代のように忌み嫌われるものではなかったようだ。神に捧げられる生け贄に選ばれることは栄誉でもあったし、死は苦渋に満ちたこの世からの解放でさえあつた。
1994年、私はロンドンにいて、マダムタッソー蝋人形館を訪ねていた。そこには、ルイ16世とマリーアントワネット王妃の首を刎ねたギロチンの刃や、リンドバーク子弟誘拐犯を処刑した電気椅子、等が展示されていた。すべて実物である。私は文明のもたらしたそれらの殺人具に臨場感を添えるべく、現場証人視点的写真を撮ることにした。古代の人々がそうしていた様に、死は直視されなければならないのだ。
撮影を終えて数年後、再びここを訪れた時、恐怖の館の展示は撤去されていた。聞くところによるとポリティカルコレクトネスへの配慮からだという。現代人から「死」は確実に隠蔽されつつあるのだ。
- 杉本博司