Brush Impression 1533, 2024

Brush Impression 1606, 2024

Brush Impression 1538, 2024

 

Brush Impression

 


  3年間に渡ったコロナ禍の後、久しぶりにニューヨークのスタジオに戻った私は大量の印画紙が期限切れを迎えていることに気がついた。写真プリントの為の印画紙は生鮮食料品のように時間と共に劣化するのだ。杉本作品のプリントは、そのグレーゾーンの微妙な濃淡の表現が決め手だ、しかし劣化した印画紙ではその表現は難しい。そこで私は考えをコペルニクス的に改めた。劣化を劣化としてとらえずそれを美化として捉えるのだ。古美術品は時間に晒されて劣化の果てに美化される。印画紙の白は鶏卵紙のような味が付き、黒の色調は柔らか味が加味されていた。私は3年の休暇中に体得した「書」の技法を暗室に持ち込もうと考えたのだ。淡いオレンジ色に満たされた極端に薄暗い暗室の中に印画紙を置く、そして筆を現像液に浸す。薄闇の中に手探りで文字を書く、その姿は見えない。その後一瞬の閃光のように光を当てる。すると筆に触れた部分だけが文字となって黒く浮かんでくるのだ。

 現像液による「書」がうまく機能することを実証した後、今度は筆を定着液に浸して実験をしてみた。強い酸の刺激臭にまみれながら揮毫すると、今度は漆黒の下地に白い文字が浮かび上がった。私は見えない文字に精神を集中させ、その文字のよって来る意味の発生現場に想いをはせて書に臨んだ。そんな時、時折私は出口なおのお筆先を思い出した。私には神の声は聞こえてこない、狐憑きにもなれない、しかし私の内の何かがその姿に木霊しているような気がする。

 

- 杉本 博司

 

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