Joe




(前略)

それからしばらくして、セントルイスのピューリッツァー財団からの申し入れがあった。

安藤忠雄の設計による美術館が完成したので、私の続けている「溶ける建築」の一環とし

て、可能性を探るために見に来ないかということだった。早速出向いてみて隈無く見て回

ったのだが、この美術館そのものの設計過程がユニークである事を知らされた。この美術

館のコレクションの中核を担う二人の作家、リチャード・セラとエルスワース・ケリーの

指名によって、当時はまだアメリカでは名が知られていなかった安藤忠雄が推挙されたの

だ。美術館の中庭にはセラの代表作の一つとなるトルクスパイラルという巨大な鉄板の彫

刻がコミッションされていて、この彫刻と折り合いよく調和する建築が要請されて設計さ

れたのだ。もちろん美術館内部にはケリーの作品が鎮座している。私は安藤建築の仕上が

りに見とれながら、中庭にコンクリートの建築をも威圧するように設置されたセラの彫刻

に磁場のようなものを感じて吸い寄せられた。二日間この彫刻と対峙して、私はこの彫刻

作品を本歌と見立てて、また彫刻を建築とも見なして、私自身の作品に転換するという作

品の姿が見えてきた。不思議なことにこの彫刻が一番美しく整って見える視角を探し続け

る間に、視点は低く低く下がっていき、ついに地上三十センチほどにまで下がってしまっ

たのだ。考えてみるとこれは犬の視角なのだった。人間の眼には四メートルほどの彫刻で

も、犬にしてみれば十階建てほどの建築のように見えるだろう。もし私が豆粒のようなカ

メラを持っていれば、蟻の視角というものもあり得るだろう。多分その場合には 百十階建

てだったワールド ・トレードセンターをも凌ぐような視角になるのだろうかと思いつつ、

撮影を終えた。ニューヨークに帰り、作品として仕上げ、満足した私は、リチャード・セ

ラにも見に来てもらい反応を窺った。セラはひとこと「これはお前の作品だ」と言って快

く出版の同意をとりつけることができた。こうして作品に関してはいっさいコメントつけ

ずに作品はジョナサン・サフラン・フォァの手に渡り、それらの像から言葉を紡ぎだすよ

うに託したのだ。

図版はすべてで三十八点、この彫刻はこの美術館の発案者であり、計画中に他界したピュー

リッツァー氏の名を取って「JOE」と命名されているので、ジョナサンも短編のタイトル

を「JOE」として書き終えた。ストーリーは 三十八点の図版に合わせて展開していくとい

う絵本といえなくもない、見た事の無いような本になった。そして案の定、話の中には犬

が登場していた。

(中略)

ある意味ではデュシャンがレディメイドで日常から意味を剥離しようとして、そしてそれ

に再び意味を与えようとした行為は、私が写真を通じて行おうとしていることと、関連し

ているのではないのかと思える。いわば何気ない日常を本歌としてその意味を組み替え、

新たな世界を創造する。それが写真を通じての本歌取りと名付けても良いような気がする

のだ。

(後略)



- 杉本博司

本歌取り 「現な像」 新潮社 より抜粋