影の色
   
 


道具の使用が人に知恵を付けたのは間違いないだろう。猿が石で木の実を割るようなところ

から、人も出発したに違いない。道具は手の延長となって、人と自然との関わりを有効かつ

大規模にしていった。道具を使った自然との関わりの中で、人は考える習慣をも身に付けた

のだろう。飛ぶ鳥を落とす矢を作るには、鳥の習性を理解しなければならないし、矢先を作

る石の研磨も、工夫しなくてはならない。人は重力を縦にとらえて直立二足歩行を始めるこ

とで、手を歩行から解放し、その手に道具を持たせることで、脳を発達させたのだ。


私も自分の作品を作る為の道具をいろいろ工夫して作ってきた。私の必要とする道具には売

っていないものが多いからだ。私は海景のネガを現像する為の「現像ムラ防止用縦横同時攪

拌装置」や映画館撮影用の「長時間撮影用フィルム滑り止め装置」又建築写真用「超広角あ

おり装置」とかを、自分で作りだしてきた。私のスタジオは写真スタジオというよりは街工

場のようだ。


私は自分の手から多くのことを学んできたのだ。光の性質についても、それが波であるか粒

子であるのか定かではないが、影については幾許かの知識が得られたように思う。私はその

影を観測する為の道具を作ってみることにした。この装置はかなり大がかりになった。東京

の小高い丘の上に建つ古い集合住宅の最上階の一室がそれにあてられた。


面が光りを受ける時、その受ける角度によって光の表情は変化する。私は 90° 55° 

35° の三つの異なる角度を壁面に設定した。この三つの角度が織りなす面は、日本古来の

伝統的建築素材である漆喰で仕上げられている。漆喰は光を吸い込みながら、柔らかく反射

させるからだ。朝、東面した開口部から光りが入り込むと、変幻自在な影が、立ち現れては

消えてゆく。雨の日には深い影が又、余韻をそえる。観測は始まったばかりで、私は時折、

思いがけない色を影の中に発見するのだ。

 

 

- 杉本博司