光子的素描 (フォトジェニックドゥローイング)



凡庸なる才能の欠如が偉大なる才能の開化へと繋がることがある。19世紀初頭イギリ

スの名門貴族の子として生まれたフォックス・タルボットに素描の才能が欠落していた

ことが、タルボットをしてネガポジ法の写真術の発明へと導いたのだ。絵が描けないと

いうタルボットのフラストレーションは、かわりに機械に絵を描かせることにしようと

思わせたのだ。また日常のささいな現象の観察が意外に大きな発明へと結びつくことが

ある。タルボットは1833年の秋、イタリアのコモ湖で新妻のコンスタンスを伴って

滞在していたが、その時に日光浴をしていて自分の肌が小麦色に焼けるのを見ていて気

がついたのだ。「太陽の光は物質を変化させる」ということに。この発見からタルボッ

トは塩化銀の感光性を利用して感光紙を作りカメラオブスキュラと合体させて写真を発

明したのだ。

このタルボットの写真研究のごく初期の実験成果を見てみると、そこには物の形が光に

よって紙の上に転写することが出来るという期待と驚きが、そのぼやけて虚ろな像から

滲み出しているように思える。そこにはなにやら古代の呪術的な宗教儀式めいた、死者

の霊を呼び起こすような趣きさえ感じられる。1834年から始まった実験は1841

年にはネガポジ法のカロタイプとして一応発表されるのだが、技術が高まり映像がより

クリアーになってくるにつれて、なぜかこの初期にあった神秘感は薄らいでゆく。

初期の実験は植物の形を感光紙の上に直接に写す試みであったが、やがてカメラオブス

キュラにこの感光紙を挿入する実験も始まる。もちろん初期の実験では結果はすべて陰

画(ネガ)として現れるのだが、物の形が写るという驚きだけでも充分にタルボットの

好奇心は満足されたのであろう、その後陽画(ポジ)が数多く作られるようになるのは

1840年代後半になってからである。私は写真史上おそらく陽画が作られることが無

かったであろうと思われる初期のタルボットのネガを収集することにした、そしてそれ

らのネガからタルボットさえ見ることの無かったプリントを作ってみたいと思い立った

のだ。初期のタルボットのネガの多くは美術館の暗い収蔵庫の中で保管され公開される

ことはほとんど無い。画像の定着方法が不明だった頃のネガは少しでも光にあてられる

と変化してしまう危険に常に晒されている。私はそのリスクを冒しながらも、どうして

も写真発明の原点に立ち戻ってその陽画を見てみたくなってしまったのだ。私は古代王

朝の墓を発掘する探検隊のような心持ちで慎重に作業を進めた。


-杉本博司