海景五輪塔




(前略)

鋭い水平線と雲一つない空、そこから私の意識は始まった。私は私の意識の原点である海を巡りながら、

人類の意識の原点へと想いを馳せるようになった。私の血の中にも、人類の何十万年かに及ぶ進化の痕跡が

残されているに違いないと海景は私に思わせた。人は他の動物達から超然として意識を発達させ、文明を

育み、アート、宗教、科学、を発達させ、歴史を紡いできた。そのいちばん始めの意識の発生現場、それは

心の発見と言い換えてもよいのだが、海景にはその発生現場の意識を現代に再び喚起させることができるよ

うな力が潜んでいるような気がする。



記憶は時間と共にその輪郭を不鮮明にして行く。私は記憶とは私の脳が捏造した幻覚なのではないかと思う

ことさえある。人は世界を見たい方法で見る。そこには想像力や幻視力や投影力がはたらく。私は海に

のぞむ崖のふちに立って水平線を見つめるたびに、無限遠の彼方を想う。水平線は有限の内にある、そして

無限遠は想像の中にある。



数学的な観念は人の脳内で発見されるのであろうか、それとも数学的整合性は宇宙に満ちていて、脳がそれ

を発見するのだろうか。宇宙物理学によると、ビッグバン以来、宇宙は膨張し続けていて、宇宙のふちは

常に私から遠ざかりつつあるという。すると私の想像しうる無限の彼方も、今想った無限遠よりも次の瞬間

には、さらにもっと遠くへと去りつつあることになる。



零の観念はインドで発見された、というよりも発明された。零は一に対する対概念として生まれたのではな

いかと私は思う。一を意識することとは存在を意識することでもある。私がいて、世界がある、という意識

。世界の客観化の始まりでもあり、自意識の芽生えでもある。一が意識されはじめて世界は数えることが

できるようになった。世界は数量化できるのだ。十本の指が人の最初の計算機となった。数えられる数が十

を越えて数えられない程の数になった時に、無限が創造された。そしてまた、一を逆方向に辿る、存在の

逆、不在と非在が零として意識された。零は自然数のようでいて、自然数でない。負の数でも正の数でも

ない、偶数の一つとして、人間の想像力のなかから抽出された。

(中略)

信仰心の作り出す形というものには、はじめから特別な意味があるわけではない。ただ拝むための対象物と

して、立派でありがたくなければならないだけだ。拝むことによって、神秘的な力と一体化できるような、

崇高な形が自然に造形されてくる。日本にも飛鳥時代初期に、法隆寺の五重塔の姿となって、仏舎利の塔は

伝わったのだ。.



法隆寺五重塔は今見てもその姿は美しく、建築の絶妙なバランスのなかに仏舎利が納められているのだと

思うと、崇高な念が沸き上がってくる。現代に生きる私でさえそう思えるのだから、古代にあってはその

思いは、如何ばかりであったろう。人々の釈尊への思いの深さが、その帰依する心に応えるような、美しい

姿をその塔の姿に与えるのだ。そして美しい形が出来上がると、今度はその形に意味を求めたくなる。



舎利塔の造形は、日本では平安期になって独特の発展を遂げることになる。五輪塔は日本で造形された。

その形のもとになったのは、仏教教典のなかで、世界の構成要素とされる五大、すなわち、地、水、火、

風、空、であった。釈尊の舎利容器がそのまま宇宙を表現するという気宇壮大な計画だ。信仰心を純粋な

形態としてあらわそうとする宗教的野心が萌えいでたのだ。その抽象的な表現は、おのずから数学的な形態

をとることとなる。地は方形、水は球形、火は三角形、風は半円形、空は宝珠形、となった。地が方形なの

は物質感を表している。水が球形であるのは自明の理だ。火は炎の先が尖って三角に見える。風が半円であ

るのは、完全な円を過(よぎ)るその風の姿であろう。宝珠は空を表している。空には形がない、形の

ないものに形を与えるとしたら、それは雫の一滴がしたたり落ちる、その雫の形であろう。雫は一瞬のうち

に完全な円となって閉じてしまう。空は世界が閉じてしまう前の一瞬の姿として表されるのだ。こうして

世界は舎利塔という模型として、または擬態として捏造されるに至ったのだ。



数学は世界を数字に置き換えて表現しようとする。世界を数学的に理解しようとする心のありようは、私に

は美と信仰の問題へと先祖帰りしていってしまう。しかし私には、今、帰依すべき対象となるような偶像を

持たない。神も仏も去ってしまった現代に取り残された私にとって、その対象がかろうじてあるとすれば、

それは私の意識の源である、あの海景なのだ。私は五輪塔を光学硝子で作り、その水球のなかに海景を納めた。



- 杉本博司

光学硝子五輪塔 「アートの起源」 新潮社 より抜粋